「――とりあえず、こんなものか」
ざっと周囲を見回して、ケネスは軽く息をついた。
ラズリルの片隅にある小さな――本当に小さな家。
それが、スノウの新しい家だった。
五人がかりで朝から始めた引っ越しは、昼過ぎにはすっかり終わってしまった。以前の屋敷から運び出すものが殆どなかったせいだろう。
「ありがとうケネス。騎士団の方も忙しいのに……」
「それは構わんが……大丈夫なのか、これから?」
その問いにスノウが小さく苦笑を浮かべる。恐らく本人もわかっているのだろう。
フィンガーフート家の一人息子として何不自由なく育った彼だ、自分のことさえ出来るかどうかも怪しい。
その彼が、自活すると言い出したのだ。複雑な事情が重なったとはいえ、仮にも友人であった間柄だ。心配せずにはいられなかった。
「大丈夫だよ、しばらくはタルやジュエルが手伝うって言ってくれたし。それに……自分でちゃんと出来ないといけないから、慣れないとね」
そう言って軽く肩を竦める。
その言葉の意味は十分に理解出来た。
今のラズリルには、カイルがいない。紋章の影響が色濃く出ているため、ユウのいるオベルに残されたのだ。
グレン団長の一件が起こるまで、スノウの傍らにはいつもカイルがいた。その彼がいない。
これまでスノウの生活を全面的に支えてきたであろう彼がいないのは、スノウにとって相当な痛手となるはずだ。
まして、先の戦争でフィンガーフート伯とスノウはラズリルの人間に嫌われているのだ。邪険に扱われこそすれ、助けは得られないと考えた方がいいだろう。
「だが本当によかったのか?ガイエンや違う島に行った方がずっと楽だろう?」
「うん。でも、やっぱり僕はここでやり直したい。
多分……いや、きっと……ここじゃなきゃ、意味がないんだ。
カイルと約束したんだ。僕に出来ることをやるって。何が出来るかなんてまだわからないけど……、でも僕もこの街が好きだから」
そう言って、スノウは少し照れ臭そうに笑った。
その選択は、口で言うほど簡単なものではない。
今のラズリルでは、スノウを好意的に見る者の方が少ないだろう。
父を頼ることも、カイルと共にオベルに残ることも、あるいは全く違う土地に行くことも出来たはずなのに、スノウはその道を敢えて棄てて、この街に残った。
その決断をする潔さ、そして覚悟に感嘆する。
よくぞここまで変わったものだ。
「……最近、思うんだが」
「うん」
「合流してから、お前って時々ものすごくしっかりしてるよな」
「えぇっ!?」
驚くスノウの肩を少し乱暴に叩く。
街の人間がスノウを受け入れてくれるまでは、とても時間がかかるだろう。勿論彼次第ではあるが、今の彼ならば何とかやっていけるかもしれない。
「ま、当面の問題は生活能力のなさか。頑張れよ、本当に」
「うん。ありがとう」
その言葉は、以前聞いたものよりも柔らかい気がした。
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4主を書いていたはずだったのに気づけば何故スノウネタ……!
でもこのスノウは一番書きたかったものでもあります。オフで二回書き直すくらいに。
全員出すと会話だらけでごちゃごちゃになってしまうので、敢えてケネス一人で。
しかし私どれだけスノウ好きなんだろうか……。