「あんたらに頼みがある」
言われて思わず四人は顔を見合わせた。
基本的に人の頼みを断るような真似は殆どしないが、例外というものがある。
向こうから何かを頼むどころか、普段は最小限しか話さないような者に頼みごとをされれば戸惑うだろう、普通。
「……えーっと……テッド?結局オレらにどうしろって?」
「いいから来てくれ。あれの管轄なんだろ、あんたら」
何とか言葉を絞り出したタルの様子など気にも留めず、彼らよりも少し背の低い少年は一方的に自分の要望だけを口にした。
まあ、大体今のでわかってしまったが。これはこれで悲しい。
「あいつが何かしたのか?」
「見りゃわかる。とっとと持ってってくれ!」
相当苛立っているらしく、語気が荒い。
疑問に思いながらも、彼らはテッドの後を追った。
テッドの部屋は極端に物が少ない。元々備え付けのベッドとキャビネット、後は小さな机と椅子があるだけで終わりだ。
大半の船室も同じ作りだが、大抵そこに私物を持ち込んでいたりするのでもっと雑然としていることが多い。
加えて、人を入れることも殆どない。
そうなれば、普段そこにはない異物があるとそれだけで目立つものである。
「カイル、何してんだ?」
ベッドに腰を下ろしてこちらを見ていたのはカイルだった。
普段からカイルが自室にいることは少ない。
部屋でじっとしているのは苦手らしく、寝るか何かしらの用がない限りは留守にしている。
大体は船内を動き回って肉体労働に従事しているが、甲板で海を眺めているのだ。元々デスクワークの処理能力が極めて低いので、リノもエレノアも見逃していた。
しかし人の部屋にいることも同じくらい少ないのである。
「珍しいね、人の部屋にいるなんて。しかもテッド君のとこなんて」
「悪かったな」
律儀に文句が返ってくる。
「ともあれ、あんたらの言うことだったら多少は聞くだろ。何とかしてくれ」
「……って言われてもねえ」
「そもそもカイルはここで何をしているんですか?いるだけだったら問題ないと思いますが」
ポーラの意見には溜息だけが返ってきた。
テッドから見れば、いるだけでも十分迷惑らしい。
だがその主張は通らないと判断したようだ。
「カイル、どけ」
「やだ」
「諦めろ。オレはもううんざりなんだよ。いいから、どけ」
何とかカイルを押しのけて、彼はベッドの中に手を突っ込み、何かを引っ張り出した。
「……猫?」
首根っこを掴まれてぶら下げられているのは、ふてぶてしい顔をした猫だった。顔に似合わず大人しいのか、暴れることもなくされるがままになっている。
「あ!この子見覚えある。ラズリルの港にいた子だよ」
「でも何でそいつがここに?」
「オレが知るか。飯食って戻ってきたら、こいつが持ち込んでたんだよ」
つまり、カイルはテッドの部屋に猫を隠していたらしい。それも当人に許可もなしで、だ。
しかし当のカイルは悪びれる様子もなく、むしろ恨みがましげにも見える視線をテッドに向ける。
「……裏切り者」
「最初から手も貸してない!いいからこいつ持って出てけ!迷惑なんだよ」
危険でも察知したのか、カイルの膝に放り出された猫がそそくさと逃げ出した。
殆ど一方的な揉み合いになっているカイルとテッドを横目で見ながら、タルは友人の肩を叩いた。
「ケネスのせいだな」
「ですね」
「だね」
「何でそうなる!?」
「だって飼うなって言ってただろ、この前」
ケネスが言葉に詰まる
買い物にラズリルへ降りたのは十日ほど前だ。カイルがどこからか猫を拾ってきて、そのまま乗船しようとするのを止めたのはまだ覚えている。
その時は渋々言うことを聞いたが、大人しく引き下がる気はなかったらしい。
こと自分の好きなことに関して、カイルはなかなかに頑固だ。後でビッキーに頼むか何かしてラズリルに行き、連れてきたのだろう。
「隠し場所としてはテッド君の部屋は最適ですしね。人も殆ど来ませんし」
しみじみとポーラが言う。問題点はテッドに許可を貰っていなかったことくらいだ。もっともそれが致命的だったのだが。
「カイル……俺が駄目だって言った意味わかってるか?ここには大勢の人が生活してる。中には動物が苦手な人だっているんだ。そういう人達にもちゃんと配慮してあげないといけないんだぞ」
「部屋から出さないから平気」
「そうしたら今度は猫が可哀想だろう。それにこの船は海戦だってやるんだ。危ないじゃないか。ラズリルに返してきてあげなさい。時々会いに行けばいいじゃないか」
「……やだ」
「カイル、お前のワガママでもうテッド君が迷惑してるんだ。少しは相手のことを考えなさい」
「だって……」
「だってじゃない。大体お前は――」
今度はケネスとカイルの口論――傍から見ればケネスの説教だが――になったのを、ジュエル達は離れて眺めていた。
こういう時に下手にちょっかいを出すと、余計にややこしくなるのである。ケネスの説教自体は珍しいものでも何でもないのだし、終わるまで待っていた方が賢明なのだ。
「長くなりそうだねー」
「こうなると強情だからなー、カイル」
実際、タルやポーラも完全に他人事のように見ている。
「どうでもいいから、せめてオレの部屋からは出してくれ」
ただ一人、テッドだけが不満げに呟いた。どうしても猫に部屋から出て行ってもらいたいらしい。
「テッド君は猫が嫌いなんですか?」
「ああ嫌いだね。我が物顔で人のベッド占領する猫なんて大嫌いだ!おかげでここ最近、オレはずっと床で寝てるんだぞ!」
何だかんだで仲良くやっていたような気がするのは気のせいだろうか。
当の猫は周りのことなどまるで気にする様子もなく、机の上で丸くなっていた。
さりげなくベッドの周辺から離れているあたり、状況くらいは把握しているかもしれないが。
「でもこの子どうするんだろ?」
「オレは別にいてもいいと思うけどな」
「どうしてですか?」
「いや、よく見ろって」
そう言ってタルは猫を持ち上げた。
「ケネス、さすがに可哀想なんじゃない?今回ばっかりはカイルのワガママ聞いてあげようよ」
「今度は何だいきなり!?駄目だ。甘やかすとロクなことにならん」
「いいじゃないですか。この子、三毛の雄ですよ」
「珍しいよなー。こんなんラズリルにいたんだな。こりゃ降ろす理由ねーわ」
「それにいいじゃん、このくらいのワガママだったら。ちゃんと世話すればいいでしょ」
「甘いぞお前達……!」
結局カイルを含めた友人四人と、とにかく部屋から追い出したいテッドに押し切られる形で猫の乗船は決まった。
「変なところで頑固になるから困る……」
「でもしょうがないんじゃない?カイルが猫好きなのは、コレ見れば大体わかるしねえ」
言ってジュエルが示したのは、カイルの部屋の隅に鎮座している巨大な招き猫だった。
これはカイルのお気に入りで、以前資金調達の際に骨董品の大半を売ったのだが、これだけはとカイルが頑として手放さなかった代物だ。
ただし、見てくれはとても良いとは言えない。無駄な大きさといい、むしろ福を掠め取りそうなふてぶてしい顔といい、実に飾りどころに困りそうな逸品である。
「むしろ趣味の悪さの象徴な気もするがな。猫の名前といい……」
「まあ、ね……」
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まさにやまなし、おちなし、意味なし。ごくごく普通の日常といった感じで。
ラズリルの猫、本当に船に乗せることが出来ますしね。何故か銭湯の前にいますが。
実際の見た目と顔が本文中とは異なる点だけご容赦ください。多分実際は可愛いはずだ。
招き猫は実際に私が4主の部屋に置きました。あまりのインパクトに捨てるに捨てられなくて。
しかしテッドが普通に少年やってますね。