ほんの少しだけ冷たさを感じる風が心地よかった。
一定のリズムを刻む馬車の縁で、特にすることもなく空を見上げていた。
群島のものよりも少しくすんだ、高い空。それが北に――一応の故郷に向かっていることを告げていた。
邪眼とクールーク皇国との戦いは、ひとまず終わりを迎えた。
ハルナで物資を整え、そこでキャラバンは解散することになった。
群島の者はそれぞれの島へ。
コルセリア達クールークの者は一度グラスカへ。
そしてキリル達は赤月へ。
何事もなければ、明日の昼過ぎにはハルナに着くだろう。
それが少し、寂しかった。
不意に視界が少し暗くなる。陽が翳ったわけでもなく訝しく思ったのとほぼ同時、ぼたりと何かが顔に落ちてきた。
何やら白く、じんわりと温かい。次いで食欲をそそるような匂いと――
「……って熱っ!!」
ほんの少しの時間をおいて核の温度を晒したそれを顔面から引き剥がし、キリルは頭上を睨み上げた。
「……カイル、僕に何か言うことはない?」
明らかに怒りが滲んだ声にもかかわらず、キリルと同じ年頃の少年は金茶色の髪をさらりと揺らして首を傾げただけだった。
しばしの沈黙の後に、一言。
「……返して?」
「違うよ。考えてまで言うことがそれ?」
「……じゃ、あげる」
「あくまで僕より饅頭の方が優先順位高いんだ。まあ慣れたけどさ……」
更に考えた末の答えに思わず溜息が漏れる。
こちらの気が済んだと思われたのか、カイルはキリルの近くに腰を下ろし、抱えていた紙袋から饅頭を取り出した。
どうやら先程“貰った”饅頭はここから落ちたらしい。
「……つくづく英雄には見えないよね、カイルって」
これにも返事は首を傾げただけだった。
どこまでもマイペースである。
群島の英雄。最初は一体どれほど立派な人物なのか、そんな人を軽々しく助っ人にしてしまって良いのか悩んだものだ。
――今となると何とも馬鹿馬鹿しい限りだが。
「カイルは、群島に戻ったら何するの?」
特に意味などなかったが声をかける。返事は首を横に振ったのみだった。
「……何もしないの?」
「いつもと同じ。それで十分」
今度は答えが返ってくる。そういう意味だったらしい。相変わらず単純なのか、深く考えているのかよくわからない。
「キリル君は?」
「この前言ったじゃないか。僕らは赤月に戻るよ」
「それは『帰る』の?それとも『行く』の?」
「……どっちだと思う?」
「懐かしいって感じじゃない」
思わず苦笑した。
「そうだね……。一応故郷だって言っても覚えてるわけでもないし、見に行くような感じかな。そこから先は……あんまり決めてないや」
長い間紋章砲を、邪眼を追うことだけを考えてきた。他のことは考えられなかったのだ。
しかし終ってしまうと、今度は何をしたら良いのかわからなくなった。急に何もないところに放り出されたように。
「……いいんじゃない?」
ぽつりとカイルが漏らした言葉の意味が一瞬わからなかった。
「何が?」
「どっちでも変わんないと思う」
「……それはミもフタもないんじゃない?」
「行くのは同じだし。とりあえず動くならいいんじゃない?」
「相変わらずよくわかんないよ……」
思わず軽く肩が落ちる。慣れたとはいえ、結局カイルが何を考えているのかある程度以上はわからなかった。
まあこうして話してくれる以上、悪意を持たれてはいないだろうけれど。
「まあ……別にいいか、少しくらい行き当たりばったりでも。向こうで何かあるよね、きっと」
「それは知らない」
「薄情者……」
それからあまり話すこともなく、ただ何をするでもなく空を眺めていた。
もっともカイルは饅頭に集中し始めただけかもしれない――この後一つも譲ってはくれなかった――けれど。
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ラプソディア発売3周年おめでとうございます。
我ながら切り方がものすごく微妙ではあります……。
本当はもう少しシリアスになる予定でしたが、気づくとこういう「何でもない話」になってました。
何か所かキリル君は私の代弁者でした……。うちの4主は電波でも受信してるんでしょうか。
タイトルもやけくそ臭が漂ってます。私がつけるの苦手なせいですが。