自分が未熟だった。そう言ってしまえば良くも悪くも片付いてしまうこと。
戦闘中で、気づいた時には防御も間に合わない状況だった。
反射的に目を閉じる。
伝わってきた衝撃は頭や全身を強く襲うものでも何でもなく、ずっと軽かった。
ぽん、と、横に押されるような――その程度のもの。
不思議に思って目を開けたのと、仲間がカイルの名を叫ぶのと――
自分を庇ったカイルが倒れるのは、ほぼ同時だった。
「ケネス……カイルは……?」
自分にかけられた声の具合にケネスは思わず苦笑した。これではまるで葬式ではないか。
「大した怪我じゃないそうだ。そこまで不景気な顔はしなくていい」
「だって……!カイルが怪我をしたのは僕のせいじゃないか!」
この程度では気休めにはならないらしい。
そうは言ったところで、カイルがスノウを――まあ一応スノウに限ったことではないが――庇うのは殆ど習性のようなものだ。こちらが気に病んだところでどうしようもない。それで彼の行動が変わるわけがないのだから。
「そんなに気になるなら様子でも見て来い。カイルもお前が無事かどうか気にしていたからな」
半ば同情しながら彼はスノウの肩を軽く叩いてやった。
一応ベッドの上にはいるものの、既に上体を起こしているカイルは如何にも退屈そうだった。素直に寝ていれば良いものを、活動終了の「時間」が来るまで休むつもりはないらしい。少なくとも今日一日は安静にしなければならないだろうに。
「スノウ」
こちらに気がついたのか、声が投げかけられる。まっすぐに見つめてくる目は若干の安堵と、大半の心配で埋め尽くされていた。
「スノウ、怪我してない?大丈夫だった?」
「……ないよ……!その分君が受けたんだから……」
「なら良かった」
「ちっとも良くないっ!」
思わず怒鳴った。さすがに驚いたのか、カイルがきょとんとした顔をする。
変わっていない。自分が目を閉ざして見ようとしなかった昔と、あの船にいた時と、そして今。カイルは何一つ変わっていない。
自分が何をしているのか――まるでわかろうとしていない。
「……ごめんね」
「何で君が謝るんだよ!謝るのは僕の方じゃないか!」
今度こそカイルが肩を竦めた。
「どうして皆や僕のことばっかり気にするんだ!?どうしてもっと自分を大事にしないんだよ!皆自分の責任が取れないわけじゃない!僕だって……!」
「だって僕は……」
「君はもうフィンガーフートの使用人でも何でもない!もう僕に縛られる必要なんてないんだよ!」
それだけ叫んで、強く拳を握り込んだ。
そうでもしないと、泣いてしまいそうだったから。
どうしてわかってくれないのだろう。どうして気づいてくれないのだろう。
護られて、護られて、そのまま喪ってしまった時の悲しみが、寂しさが、罪悪感がどれほどのものなのか。
遺されるということがどういうことのなのか、カイルだってちゃんと知っているはずなのに――!
どうして――
「どうして君は……僕を隣には立たせてくれないんだ……!」
「……ごめんね」
答えが返ってくるまで、随分と長い時間が経った気がした。だというのに、返ってきたその言葉に、かっと腹の底が熱くなる。
「謝らなくていいって言って……!」
「スノウ」
こちらの言葉を遮ったのは他ならぬカイルの声。
普段からあまり感情の浮かばない顔に、薄らと笑みが浮かんでいる。そのままゆっくりと、静かな声が言葉として紡がれた。
「僕が、決めたから。初めて……『僕が』決めたことだから。
何があっても、時が来るまで絶対に護る。それが僕の意味だから。だから僕は――
――僕の、総てを懸ける」
早朝の空気は少し肌寒かった。それが、ここが群島諸国ではないことを改めて身に教え込む。
なるべく音を立てぬようにテントから抜け出して、キャラバンから少し距離を取った。やや開けた所で剣を抜き、構える。
「――あれ?どうしたの、スノウ?こんな朝早く」
いきなり見つかってしまったことに落胆しながら、スノウは声の方に目を向けた。剣だけの軽装のまま、ジュエルとポーラが佇んでいた。
「訓練、だよ……。出来れば見つかりたくなかったんだけどさ……」
「いきなり?いつも当番以外の時は朝ご飯ギリギリまで寝てるのに」
「何かあったんですか?」
そう返されて、一瞬言葉に困った。
昨日のことはあまり話したくはない。案外外に筒抜けになっていたかもしれないが、特に彼女らやケネスやタルに知られれば問答無用でカイルを問い詰めに行くだろう。
そもそもまだ起きてはいないだろうし、起きていたとしてもまだ本調子ではないカイルに負担をかけることは避けたい。
「うん……。やっぱり、僕も強くならないとって……思ってさ」
この言葉に、嘘はない。護れなかったとしても、庇われない程度の力だけは、持たなくては。
そうでなければ、カイルの傍に並ぶことなど出来はしない。
スノウの言葉に二人は顔を見合せていたが、やがてジュエルがにんまりとした笑顔で彼の腕を掴んできた。
「そっか。――スノウ、ちょっと一緒に来て」
「な、何?」
逃れようにも何だかんだで彼女の力は結構強い。特に逆らう理由もないので素直に従ってついて行くと、先程の場所よりもやや小さい広場にケネスとタルがいた。共に彼女達と同じような格好をしている。
「何だ。今日はスノウも一緒か?」
挙句、そんなことを言ってきた。
「二人共、何してるの?」
「朝練だが。まあまだ始めちゃいなかったが」
「オレしばらく剣使ってなかったから腕落ちちまっててなー」
「そうじゃなくて!何でこんな時間に……」
「同じですよ、スノウ」
ポーラの声には笑みがあった。
よく見れば、他の三人も笑っている。どこか、苦笑にも近い笑顔で。
「ま、せめて自分の身くらいは護れるように、な。隙あらば庇ってやろうとは考えてはいるが……」
「なかなか機会がなくってな。出られない時もあるしさ」
「でもまあ、油断は禁物ってことで」
「皆でやってます」
そしてそんなことを言ってくる。先程昨日のことを隠そうとした自分が急に馬鹿らしく思えた。
決して短くなどないのだ。彼らとカイルと、自分との付き合いは。ならば知っていて当然のことではないか。
「何だ……皆考えてることって一緒か」
全員が同じ結論に辿り着いたことは何とも滑稽で、何とも愛おしく思えた。
「よっしゃ!スノウ、一つ付き合えよ!」
「勿論!」
頷き、スノウは剣を抜いた。
これほどまでに、想ってくれる人達がいる。
その強い想いと、報われない歯痒さを共有して、並び立とうとする人達がいる。
「――愛されてるねえ、カイル」
「うん……」
彼らがどうしようもなく愛おしいから。何よりも尊いから
「だから……僕は、総てを懸けられる」
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ある意味で「彼の果て〜」の続編っぽいです。視点は無論違いますが。
4でも出来るだろ!と自分でも思いながら書いてましたが、エルイールのことをどうしても踏まえたかったので。これの有る無しで彼らの中で凄く感じ方が変わると思ったのですよ。それらしい記述はロクに出てきませんが。
改心スノウ、大分書きやすかったのですが、どうにも泣き虫君なイメージが拭えませんでした……。
私的にスノウよりもラストの騎士団4人が台詞書きながら格好良いと思ってました。ごめん、スノウ。
一応最後にさりげなくキリル君がいます。ラプソなのにいないのは可哀想なので。いなくても一向に構いませんが。
それにしても……スノウは庇ってくれないのにカイルがスノウを庇いまくるのはどういうことでしょうね。私のラプソデータ……。