「それ」は圧倒的な存在感と共にそこに在った。まだ大分距離が離れているというのに、空気が強い熱を帯びたように感じる。

何て、強いアニマ――。

父は「それ」に静かに歩み寄り、天高く「それ」を掲げた。かの人のアニマに呼応し、「それ」は眩い赤光を放つ。
地上の全てを焼き尽くさんばかりのあまりに強力な炎のアニマが、身体を突き抜けてこの身に宿る自分のアニマさえも焼き焦がすのではないかと錯覚した。

「ギュスターヴ、さあ――」
柔らかい、しかし厳しさをも感じさせる父の声。答えるかわりに祭壇へ昇り、先程の父と同じように「それ」を掲げ、自らのアニマを込める。

そして私は、後継となった。



妙なものだ、とつくづく思う。父が死に、正式にこれが――ファイアブランドが私に受け継がれたが、正直な話、私にはこれが重荷としか思えなかった。
これが在ったがためにギュスターヴ公は国を追われ、その弟君であるフィリップ公は火竜へとその姿を変えたという。
そして今、我が父フィリップ3世は戦死し、私は伯父であるヤーデ伯チャールズを始めとする権力者の傀儡になりかけた。
それらから逃れるためには、全てを棄てねばならなかった。今までの私の人生、私の周りに在った者達、ヤーデ伯家という家柄、ギュスターヴ15世という名、それら全てを――。
無論、ファイアブランドも手放すべきだった。全ての災いの元凶とも呼べるこのクヴェルが在ってはならないと思い、これを持ち出したのだ。父の言葉に背いてでも、これは歴史から消えるべきだと。

だというのに――。

私の手許にはファイアブランドがある。棄てるべきものを、私は未だに未練がましく持ち歩いている。

何と愚か、何と惰弱な――。

全てを棄てる勇気さえないというのに、何故逃げることしか考えない?



ハン・ノヴァ郊外、後にサウスマウンドトップの戦いと呼ばれる戦は、連合軍の勝利に終わった。
すでにハン・ノヴァは連合軍に奪還されたが、偽者の姿はどこにも見当たらなかった。遺体さえもないのだ。
「彼の配下、エーデルリッターと呼ばれていた連中も、さ。行方をくらましたと考えた方がいいだろう。――どちらにせよ、彼らにはもう軍を立て直すだけの力はない。もう表舞台に出てくることはないだろう」
この戦場で実に数年ぶりに再会した従兄――デーヴィドは、僅かに疲労を滲ませた顔で苦笑した。しかしその中に何か晴れ晴れとしたものがあるようにも見える。
この戦いで、デーヴィドは己が成すべきことを成した。

それに比べて、自分は何なのか――。

迷わないと決めた。だが何に対して?デーヴィドを守る、それは決めた。だがそれはもう終わった話だ。ならば私は……。

「――ギュスターヴ」
デーヴィドの声に何とか思考を断ち切った。
デーヴィドの顔に柔らかい微笑が浮かんでいる。こうしたところは、あのチャールズ伯父ではなく、父や祖父に似ているように思う。人好きのする、穏やかな笑みだった。
彼は私を見つめ、再び久しく呼ばれていない私の名を口にした。
「ギュスターヴ、まさか来てくれるとは思わなかった。感謝している。
あの日……君が行方をくらませてから、ずいぶんと時間が経ってしまった。だが君は戻ってきてくれた。それが嬉しいよ」
不意に、あの笑みが消えた。真剣味を帯びた青灰色の瞳が真っ直ぐ私に向けられる。知らず小さく息を呑んだ。この覇気は紛れもない。あの伯父とまったく同じものだ。

「ギュスターヴ、君の力を貸してほしい。もちろん君がこんなこと言われるのを嫌っているのはわかっている。だがメルシュマン地方の安定のためには、ファイアブランドが不可欠なんだ。認められた王でなければ彼らは受け入れない。だから君と、君のファイアブランドの力を貸してほしい。この行く先の定まらぬ世界の平和のために、君の力を借りたい」

静かな声だった。それでいて、奥底に強いものを感じさせた。
デーヴィドの言うことは納得できる。ファイアブランドの正統な継承者はもう私一人しかいないのだから。私とて、もう何も知らぬ子供ではない。傀儡となることはないだろう。

だが――

「…………申し訳ないが……それは、出来ない……」
「ギュスターヴ?」
今日まで共に戦ってきた仲間の顔が脳裏をよぎった。
ロベルト、プルミエール、そしてジニー。
私の戦いは、まだ終わったわけではないのだ。エッグを持つ偽者の姿がないならば、私もまた、彼らと共にあれを追わねばならない。

私だけが、前の世界に戻るわけにはいかなかった。

「私のことを……待っている仲間が、いる。そして……成さねばならないことが、ある。今ここでお前の手を取るわけにはいかない。仲間を棄てることは出来ない」
唐突な言葉に、デーヴィドはやや面食らったようだった。困ったような笑みを浮かべて私を見やる。顔にこそ出てはいないが、動揺していることはわかった。
「君が、やらなければならないことがあるのなら、私は止めないよ。でもそれが済んだら……、戻ってきてくれるだろう?」
「それも、出来ない……」
今度こそデーヴィドから表情が消えた。茫然としか形容できない様子で私を見つめている。
「もう……私はそこには戻らない。ヤーデ伯家の人間であることは……棄てる。ギュスターヴ15世という名も、フィニーの王位継承権も、全て棄てる。これからの私には不要のものだ……」
その言葉を発することに、ひどく労力を必要とした。だが、もう意志を曲げる気はなかった。

もう逃げることはしない。私は誰かの傀儡ではなく、自らの意志で道を決める。

「――本当に、それでいいのかい?君の口ぶりだと、ただ向き合うのが怖くて、何もかもから逃げ出そうとしているみたいだ」
デーヴィドの顔に先程の覇気が満ちていた。射抜くような鋭い光が瞳に湛えられている。何を言わんとしているのか、察することは容易かった。
「違う。ようやく決めた。私は貴族としての身分も、かつての名もいらない。
確かに今でも父は尊敬している。ヤーデ伯家の人間として生まれたこと、ギュスターヴの名を与えられたことを誇りに思う。だが……だが、ギュスターヴではなくグスタフとして生きるには、どれも必要ない。私は仲間の許へ帰るのだ。ギュスターヴ15世ではなく、ただの剣士グスタフとして」

「――本気、なんだね?」

「もう迷わないと決めた」

僅かな沈黙があった。やがて、唐突にデーヴィドの顔があの微笑を生んだ。
「なら、いい。君が選んだことだ。私に口を挟む権利はない」
「デーヴィド……」
柔らかな抱擁が返ってきた。さして間もおかずにそれは離れていき、あの笑顔が再び目に入る。
「だが、ヤーデ伯家から離れても君は私の従弟で――友だ。そのことは……どうか棄てないでもらいたい」
「……すまない……」

いつも、そうだった。私はデーヴィドに迷惑ばかりかけているのだ。

「君の口からあんな言葉が出るなんて思わなかった」
小さくかぶりを振って、子供の時と同じような顔でデーヴィドが笑う。つられて私も小さく笑んだ。
「ファイアブランドは君が持っていくといい。どうしようと君の自由だけど、扱えるのは君しかいない。何よりフィリップ叔父の形見、だろう?」
「いいのか?」
私の言葉に頷き返し、デーヴィドはファイアブランドを眺めた。

全ては、これから始まったのだ。ギュスターヴ公がこれによって追放された時から、この長い、長い戦が始まった――。

そしてそれは今、多くの者のアニマと血と共に、やっと終結したのだ。

「これは、歴史から消えた方がいいのかもしれない。それなら、相応しい人に持たせたいよ。君なら申し分ない」

それが、ひどく胸に響いた。

デーヴィドは宵闇の色に染まりつつある空を見上げ、視線を私に戻した。
「そろそろ、行った方がいい。君の仲間が心配している」
「デーヴィド、私は……」
「お別れだ、ギュスターヴ。そしてグスタフ、君が成そうとしていることを私は知らないけれど……、君達が成功できることを祈っているよ」
デーヴィドが私に背を向けた。
これで本当に、終わりだ。フィニーの王位継承者であるギュスターヴ15世は、完全に姿を消す。
「できれば……事が済んだらヤーデに顔を出してもらいたい。君の仲間達にも会ってみたいよ。いつでも……歓迎する」
「ああ……。言ってみよう」

そして私達は反対の方向へと――別の道へと歩き出す。連合軍の指揮者の一人として、世界に平和をもたらすために。ナイツの仲間として、エッグを倒すために。
先程まで恐怖心に苛まれていたというのに、ひどく心が晴れ晴れとしていた。
仲間達が待っている丘に、真っ直ぐと歩を進める。今頃相当に気を揉んでいるのかもしれない。それが妙に心地よい。
あの場所、私を待っていてくれる者がいる場所――そここそが、私の、剣士グスタフの居場所だ。


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見ての通り1305年サウスマウンドトップの戦い。コンバット終了直後、かと。
断定出来ない理由は簡単。私ギュス編のサウスマウンドトップクリアしてないんです。デーヴィドの演説も見てません。
難易度高すぎですって、ここ。何で南方軍早く来てくれないんですか。
とりあえずグスタフ視点。一人称はほぼ書かないので上手くまとめきれたかどうか……。
フロ2は二次のつけ入る隙が少ないので年代に則した話は入れにくいのですが(少なくとも私は)、この辺りはあってもおかしくないかなと思う次第。終盤は少し強引なところが多かったですし。
でもアルティマニア見るとこうなるのは少々考えにくいのですが、私的にありそう、というよりあってほしいと思ったんでこうなりました。設定から見てデーヴィドの方が年上なのでお兄さんらしくしてほしいところがありましたしね。そのせいでグスタフ何か気弱に見えますが……。
少なくともデーヴィドの性格には夢を見ているかな、と思います。

実は2005年に作ったものだったりします。(待て



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