侵入こそ面倒だったものの、周りにいた人間を処分するのに五分とかからなかった。
こちらとしては助かったが、せめて警備兵くらい置いておけば良いだろうに。
……まあその辺りのことは知ったことではない。とっとと用件を済ませてしまおう。

封印像に宿った太陽の紋章は、夜にも関わらず眩い、禍々しくもある光を放っていた。

――やはり安定性を欠いている。封印像にある間は問題ないだろうが、何らかの刺激が与えられればどうなるかはわからない。
黎明の紋章が傍らにあればこのような危惧を抱かずにも済んだだろうに。もしかしたら、アルシュタートも心を乱す必要はなかったかもしれない。

一体この紋章、どれだけの人の心を乱し、国を滅ぼせば気が済むのか。

左手が疼く。ニルバ島で感じたそれよりも遥かに強い、真の紋章の力、意思、記憶――総てが罰を通して這い上がってくる。
何度か経験があるとはいえ、正直あまり心地の良い感覚ではない。下手をするとこちらの自我そのものが呑み込まれそうだ。
軽く唇を噛み、より意識を冷却させる。
流れ込んでくる総てのものに感情を交えず、どこまでも冷徹に、ただの「情報」としてそれらを受け入れる。
その一つが、ようやくあの狂気の理由を告げた。
そして海流を瞠目させるに相応しいものも、また――。

「……御者……?太陽神……『全能なる太陽神』?太陽が……?」
第三者には全く意味不明の呟きが口を突いて出る。

そうであるならば、何と残酷で、遠慮のないやり方だろうか。

「……まあ、『僕』も似たようなモノ、か」
感情のこもらぬ、しかし自嘲にも聞こえる言葉をぽつりと落とす。
呪いのままに所有者の命を食い尽くして移ろい行き、己が思ったままに命を棄て人の心に傷を残し――実によく似ているではないか。

再び沈黙した左手を軽く振り、封印像に背を向ける。
ここでやるべきことは果たした。黄昏の方も気にはなるが、それ以上に優先すべきは黎明だ。




「実に慌ただしい客人ですね」
封印の間の階段下、やや開けたところに佇む青年に足を止める。
まあ侵入した時と同様すんなり脱出出来るとは思っていなかった。太陽の紋章と接触している間は気配を殺している余裕などなかったのだから。
先のクーデターの首謀者、そのうちの片割れだったか。現在は女王騎士長。確か名は――
「……何か用?ギゼル・ゴドウィン」
「それはこちらの台詞のはず。この太陽宮に、しかも封印の間にまで潜り込んでくるとは……」
「一応殺してはいない」
口許だけの微笑みを絶やさぬ青年を見据え、静かに告げる。
「太陽を使おうとは思わないことだ。制御することの出来ない人間が力を欲するなど、出過ぎた願いだよ。己の領分を知ることだ」
返答は返ってこない。一方的な通達なので別段期待はしていなかったが。
シンダルの技術を使えば宿さずとも使うことは出来るだろう。だが傍らに黎明と黄昏、二つの紋章が揃っていなければ危険なことに変わりはないのだ。下手に暴走すれば世界の均衡を崩しかねない。

それだけは容認出来ない。罰の紋章の代行者として――。

「聞くか聞かないかは勝手だ。でももし使うのであれば――僕がお前達を殺す」
声に殺気が僅かに滲む。しかしギゼルの表情は動かなかった。
従わないならそれでも構わない。使われた時にその報いを与えれば良いだけだ。

その場を離れようと足を踏み出しかけ――やめる。
「無駄なことはやめた方が良い」
「そうもいかない。不法侵入者を生かして出すわけにはいきませんからね」
その言葉が合図であったのか、ばらばらと暗殺者とおぼしき者達が姿を現した。数は、六。遠巻きながらもこちらを囲むように陣取っている。
それを確認し、右の剣のみを抜く。同時に旋風の紋章を起動させ、刀身と自身の体に風を纏わせた。
実に無造作に、剣を水平に振るう。風を付与された剣閃は烈風を生み出し、彼らを薙ぐと同時にその向こうの窓に嵌め込まれた硝子までも派手に割り散らす。
じりじりと白い大理石の上に広がっていく赤い液体の横を滑るように駆け出し、割れた窓から一気に外へ飛び降りた。
衝撃を風で殺し、殆ど止まらずにそのまま駆け出す。
気づかれている以上門は閉められているだろうが、この都はフェイタス河の上にある。泳いでしまえば良いことだ。
水も、陸地も、それほど差はない。

邪魔になるだろうと、剣を収めたのと「それ」はまったく同時。
真の紋章に接触した時とは異なる、左手から這い上がってくる悪寒。次いで襲ってきた強烈な脱力感に、思わず膝が砕けかけた。

来た
いつもの
よりによって
どうして今――?

転ぶことだけは何とか堪え、再び走る。制御が安定しなくなったので紋章は使うのをやめた。

最後にあったのは――グラスランド。炎と接触した時だ。後四、五年は「呼ばれる」ことなどなかったはず。

まさか――
一年前の太陽に、サイクルを狂わされたか……!?

ぎり、と唇を噛み締める。僅かに血が滲んだが、ここで「時間」になるよりは遥かにマシだ。
視界の端に小さな船着場が見えて、足をそちらに向けた。迷わず飛び込むが、予想以上に冷たい水が全身に刺すような痛みを与えてくる。
群島でもなく、流水か旋風の紋章の付与のしていない状態では、冬のフェイタス河は海流が思っている以上に冷酷だった。
かといって、沈むわけにも捕まるわけにもいかない。水の痛みでクリアになった意識を利用し、流水の紋章を起動させる。
最も、今の状態では使用はあくまで最低限。紋章による、人為的な水流の生成。
何とか水を掻き――それでも並みの速さではなかったが――、ソルファレナから離れていく。



左手に引きずり込まれるような感覚。咄嗟に紋章の使用をやめる。

ああ、「時間」だ――


                

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ギゼルが究極に書きにくい……!そして何だ微妙にホラーちっくな終わり方!
一番難産でした、これ……。



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